わたしの就労について。

2015年6月8日

● 病気との向き合い方

t f B! P L

私の簡単な経歴はこのブログで何度か紹介してきたが、
今日はがん罹患前後の就労について書いてみたいと思う。

では、がんが分かる前の仕事の話から。
ある会社で長く働き、途中からは資格を取得し専門職として仕事をしていた。しかしリーマンショックを機に営業部へ戻され、さらには出向。そこでも慣れない営業職をしていた。やりたい仕事ではなかったストレスと、営業成績に対するプレッシャーから、帯状疱疹になったり、体調を崩すことも多くあったりで、体と心に限界を感じていた。
そして転職を決意。

2010年、資格を活かした専門職としての職を得た。
その仕事は3年契約だったのだが、順調に過ごしていた3年目を前にしたあるとき、乳がんが発覚。
それが2012年3月。
すぐに会社に報告したのだが、なんと退職を迫られた…。
正規の社員ではなかったから…。
あと1年の契約で、その1年も手術や抗がん剤治療で休まれていては無駄だと思ったのだろう。

とてもとても悔しかった…。

ここでは詳細は書けないけど(すみません)、
とにかく会社と戦うことを決め、色々調べ、厚労省のある機関に電話したりもしたし、手術が終わってからも会社と電話でやりとりを続けていた。

このことは両親には話していない。
病気の件だけでも心配をかけているのに、これ以上心を痛めつけて欲しくなかったから。

でも、このことがワタシを強くした。
この一件で会社に(裁判とかではなく、自分の言い分を認めてもらうという意味で)勝つことができたら、病気にも勝てる!と、ワタシの中で賭けをした。絶対にあきらめないぞ、と強い原動力が生れ、とにかく必死に闘った。

そして、ついに言い分をすべて飲んでもらう事にこぎつけ、休職して傷病手当金を給付してもらうこととなった。それが2012年6月ごろ。

これで病気にも打ち勝てる、と安堵した。

すごく気持ちが晴れやかになっていったのを、今でも覚えている。

ちょうど抗がん剤の副作用が辛かった時期だけど、大きな希望を持てた瞬間だった。


でも、
この時のことを思い出すと、今でも涙が出ちゃいそう…。

病気に立ち向かうだけでも勇気が必要なのに、会社とも戦うなんて、正直しんどかった…。
本当は会社に味方になって欲しかったのに…。契約は気にしなくていいよ、病気の治療に専念してねって言って欲しかったのに…。

あの頃の自分に「よく頑張ったね」って言ってあげたいなと思うほど…頑張ったと思う。


その頃に撮った一枚の写真。私のお気に入り♡


花菖蒲の花言葉は、「優しい心」「優美な心」

この花のような、孤高な優美さを身に着けたいと思った。


2人に1人が「がん」になる時代だなんていうけど、働くがんサバイバーの現実は、まだまだ厳しい。全然理解されてないなと思う。がんに罹患して職を失った人は、自分の能力不足だって悩んでいる人もいるはず。でも「あなたのせいじゃないよ」って、大きな声で言いたい!

社会を変えるのは簡単じゃないけど、がんサバイバーの就労問題、もっと真剣に社会で取り組んで欲しい。

病気に立ち向かうだけでも、すごく体力や精神力を使う。それなのに、社会や会社とも戦うなんて、エネルギーが残ってない人もいると思う。こんなにしんどい経験は、私だけで十分。はやく「がんと就労」がすんなり解決する社会になって欲しい。


病気と会社とに立ち向かった私がその頃のワタシにプレゼントした言葉。
いま闘っている「がんサバイバー」の仲間へも、プレゼントしたいと思う。

瀬戸内寂聴さんの言葉です。

「あなたは苦しんだ分だけ、愛の深い人に育っているのですよ。」


花菖蒲のような「優しい心」を身に着けて、今度はその優しさを誰かのために使わなくちゃいけない時がきているのかもしれない。最近、すごくそう思うのです。

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